シュツットガルト・バレエ団の天才振付家ジョン・クランコの名作『オネーギン』や『ロミオとジュリエット』を愛するバレエファンは多いだろう。しかしジョン・クランコという人物の素の姿や生き様を知る者は、もしかしたらそう多くはないかもしれない。本作はシュツットガルト・バレエ団を地方のカンパニーから世界的なバレエ団にまで押し上げた、クランコの生涯を綴った作品。さらに、創作という救済と歓喜、絶望と落胆、そしてまた巡る溢れんばかりの喜びという創造の輪廻もまた、描かれる。バレエファンのみならず、美術、映像、文筆――ありとあらゆる創作に携わる、もちろん観客を含めたすべての人たちにすすめたい。

バレエ団のダンサーが「共演」して描くクランコの人生
この映画はとにかく見応えがある。情熱と革新的な才能にあふれ、バレエを通して芸術の創造に邁進し、しかし追求に純粋すぎるあまり人を傷つけてしまう無神経さ、そうかと思えば素直に非を認める純粋さを併せ持つ複雑な個性の人物、ジョン・クランコを、サム・ライリーが見事に演じている。撮影はシュツットガルト・バレエ団の本拠地であるシュトゥットガルト州立歌劇場で行われ、音楽の演奏はシュトゥットガルト州立管弦楽団と、バレエ団の全面協力を得て撮影されている点も、信用がおけるものだ。
何より注目すべきはクランコが生涯をささげ「家族」として愛したシュツットガルト・バレエ団のダンサーの「共演」だ。
エリサ・バデネスがクランコのミューズ、マルシア・ハイデを、フリーデマン・フォーゲルがハインツ・クラウスを……という実在の人物ばかりではない。クランコが思い描くバレエ作品のイマジネーションや幻影として、ダンサーたちが登場し、踊る。アルルカンとして、時には妖精のように、振付家が心に思い描くイマジネーションの化身として常にダンサーの姿がある。
これにより複雑な「クランコ」という人物がより、等身大に、立体感を持って迫る。幼い頃のトラウマを打ち消すように美の創造に邁進し、傷つき、賞賛に歓喜し、「子どもたち」と称するダンサーの舞台に涙し、そしてまた傷つき絶望し立ち上がる。強がらず弱音を吐き赤裸々に生きるその姿は、実に危うく、しかし愛おしくもあるのだ。
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『オネーギン』、『ロミオとジュリエット』の制作過程を追体験する
映画の冒頭、こんなシーンがある。
シュツットガルト・バレエ団の芸術監督を引き受け早速主演2人のパドドゥを見るや、クランコはプリマバレリーナのクセニヤに「愛が原動力なのに君からそれを感じない」と告げると、クセニヤは「私は女優じゃなくバレリーナよ」と反発する。
結局クセニヤは去り、クランコは周囲の反対を押し切りマルシア・ハイデを主演に起用するわけだが、ここにクランコが求める本質すべてが凝縮されている。
ダンサーは踊るだけではない。
物語を紡ぎ、言葉では現れないものを表現するものであると。
クランコはそれを作中で「ダンサーの特権」と語る。
ニューヨーク公演に緊張するダンサーたちに、格好よく見せようとせず「自分に忠実であれ」と語る。
ユルゲン・ローズにも言う。
「フリーハンドの方が、ゆがんだ線の方が美しい」と。
そうして生まれたのが古典のマイムではなく踊りで物語を綴ったドラマティックバレエ『ロミオとジュリエット』であり『オネーギン』だ。
映画ではこれら代表作の創作シーンも盛り込まれて、追体験をしているような錯覚に陥るわけだが、ここに刻まれるクランコの哲学は実に刺さる。
45歳という若さで世を駆け抜けたジョン・クランコ。そのレガシーを大切に守り、踊り続けているシュツットガルト・バレエ団との、今も続く絆は深く心を打つ。エンドロールを含め、ぜひラストシーンまでご覧いただきたい。
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ジョン・クランコ
バレエの革命児
2024年製作/138分/G/ドイツ
原題:John Cranko
配給:アットエンタテインメント
劇場公開日:2026年3月13日
オフィシャルサイト:https://johncrankojp.com/
スタッフ
監督:ヨアヒム・A・ラング
製作:ティル・デレンバッハ ミヒャエル・ソービグナー
脚本:ヨアヒム・A・ラング
撮影:フィリップ・ジヒラー
美術:アストリッド・ペーシュケ
衣装:ユリアーネ・マイヤー クリスティアン・ロアーズ
編集:ヤン・プッシュ
音楽:バルター・マイア
キャスト
ジョン・クランコ:サム・ライリー
支配人:シェーファーハンス・ジシュラー
ヘーファー:ルーカス・グレゴロビッチ
ディーター:マックス・シンメルフェニッヒ
ハインツ・クラウス:フリーデマン・フォーゲル
マルシア・ハイデ:エリサ・バデネス
ビルギット・カイル:ロシオ・アレマン
レイ・バーラ:ジェイソン・レイリー
リチャード・クラガン:マルティ・パイシャ
エゴン・マドセン:ヘンリック・エリクソン
Art & Travelライター
西井上知子











