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2025.08.22

「パリ・オペラ座 IN シネマ 2025」8月22日よりバレエ「眠れる森の美女」、ヌレエフ版「眠り」の風雅極まる王朝絵巻の世界へ

2025年8月22日(金)から28日(木)まで、「パリ・オペラ座 IN シネマ 2025」でバレエ「眠れる森の美女」を上映する。伝説のダンサーにしてパリ・オペラ座バレエ団の芸術監督でもあったルドルフ・ヌレエフ振付の名作で、主演はオーロラ姫にブルーエン・バティストーニ、デジレ王子にギヨーム・ディオップの気鋭の若手。すでに貫禄もまとった若き2人が、風雅な王朝絵巻を描き出す。




■積み重ねられる確たるフランスの伝統

雅、典雅、風雅……。
幕が降りるとともにこのような言葉が次々と浮かんでくるほど、華やかで格調高い、愛くるしい世界であった。

さすがパリ・オペラ座といおうか。
フランスの典雅、ヴェルサイユ宮殿で太陽王が舞台芸術の輝きに火を灯した、その時代から続く「フランスの美の伝統」を、まさに体現したかのようであった。

ルドルフ・ヌレエフ振付「眠れる森の美女」は、パリ・オペラ座バレエ団での初演は1989年。ヌレエフ版としての全幕初演は1972年のミラノ・スカラ座で、そこから改定を加えながら出来上がったのがパリ・オペラ座のバージョンである。

原典をもとにしていながらも随所にヌレエフらしい超絶技巧が加えられており、見どころが実に多い。なかでも最たるものは、男性ダンサーの見せ場がふんだんに盛り込まれているところだ。デジレ王子のヴァリエーションだけでも4つあり、短いながらも4人の求婚者のパドカトルもある。

プロローグの妖精たち Ⓒ Agathe Poupeney

オーロラ姫(バティストーニ)Ⓒ Agathe Poupeney

物語としてもリラの精をカラボスと同様の踊らない立ち役としたことで、2人の対比がより鮮明になっている。踊らないからこそのリラの精の存在感は大きい。そのためプロローグの妖精たちは1~6の番号振りで、リラの精のヴァリエーションも6種の妖精たちのうちの1つ。6種としたのはフォーメーション重視なのかどうかはわからないが、一部妖精のヴァリエーションがパドドゥになっているためで、とにかく舞台上はなかなかににぎやかだ。

また、オーロラが眠りに落ちたときに喪服の一団が登場するのもヌレエフ版の特徴の一つで、「眠り」といいつつどうしても「死」を連想させる。オーロラ姫を何が何でも死に導こうとするカラボスの手下たちなのであろうが、一方でこの眠りが象徴的な死であり、目覚めというよりは「再生」だったのだろうとも考えさせられる。ソ連からの亡命を経てフランスで命を取り戻したヌレエフの、いわば「再生」の思いが込められているのかなどと、振付家の流転の人生にも思いを馳せてみたりもするのだ。

カラボス(サラ・コラ・ダヤノヴァ)Ⓒ Agathe Poupeney

デジレ王子(ディオップ)とリラの精(ファニー・ゴルス)Ⓒ Agathe Poupeney

そしてこの物語の主演を踊るバティストーニとディオップは、それぞれエトワールに任命されたのは2024年と2023年。エトワールになりたての気鋭の2人であるが、漂うのはフレッシュさというよりはもはや「パリ・オペラ座」という大看板のもとで輝く、美の体現者としての存在感と貫禄。とくにバティストーニの腕の動きや踏み出す一歩、ゆっくりと回転しふっと投げかけられる眼差し一つひとつが優雅で雄弁で、忘れられない印象を残す。
伝統というのはこうした卓越した芸術家らに率いられながら積み重ねられ、次代へ紡がれていくのかと、しみじみと感じ入るのだ。

■ルイ王朝へのオマージュ、そして次代へ

プティパ振付による「眠れる森の美女」がロシア初演されたのは1890年マリインスキー劇場。フランスからロシアにわたり、マリインスキー劇場でダンサー、のちにバレエマスター、振付家として活躍したプティパはフランスのおとぎ話に「踊る王」としてバレエ文化の基礎を築き、さらに絶大な王権を誇ったルイ14世時代へのオマージュを盛り込み、この作品を作り上げた。ちなみに「眠れる森の美女」を書いたシャルル・ペローもルイ14世に仕えた作家である。

ヌレエフはそこにさらに、3幕初めにルイ14世も踊った宮廷舞踊のサラバントを組み込んでいる。振付自体はヌレエフのバレエ風だが、王朝絵巻の典雅をより一層深めている演出である。
ヌレエフという味付けが加わっていながらも、さらに感服するのは太陽王の次代、ルイ15世時代を彩ったワトーやコローなど、ロココ時代の雅宴画も思わせられたところだ。ヌレエフは高い美意識を持ち芸術を愛したダンサーにして振付家であるが、そのヌレエフとパリ・オペラ座バレエ団の伝統が融合したのがこの「眠れる森の美女」ともいえる。「眠れる森の美女」を上演するバレエ団はそれこそ世界中にあるわけだが、ルイ王朝の典雅から現代に伝わるフランス芸術文化を凝縮した魅力を醸せるのは、やはりパリ・オペラ座だけだろう。それはこの国だけに息づく、ルイ王朝時代から脈々と伝えられている歴史と文化のDNAだ。
そして世界がグローバル化し、文化がより多面的になる中にあっても、パリオペラ座の、そしてフランスの伝統がしっかりと未来に受け継がれていることが、何よりも頼もしく、そして感服するのである。

バティストーニとディオップ Ⓒ Agathe Poupeney

1幕ワルツ Ⓒ Agathe Poupeney

■パリ・オペラ座 IN シネマ 2025「眠れる森の美女」
8/22(金)~8/28(木) 1週間限定公開

振付:ルドルフ・ヌレエフ(台本:シャルル・ペロー、原振付:マリウス・プティパに基づく)
音楽:ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー
指揮:ヴェロ・ペーン
舞台美術:エツィオ・フリジェリオ
衣裳デザイン:フランカ・スカルシャピノ
照明デザイン:ヴィニチオ・チェリ
出演:
オーロラ姫:ブルーエン・バティストーニ
デジレ王子:ギヨーム・ディオップ
青い鳥:シェール・ワグマン
フロリナ姫:イネス・マッキントッシュ
リラの精:ファニー・ゴルス
カラボス:サラ・コラ・ダヤノヴァ
第1ヴァリエーション:アリス・カトネ
第2ヴァリエーション:パティントン・エリザベス・正子、オルタンス・ミエ=モーラン
第3ヴァリエーション:カミーユ・ボン
第4ヴァリエーション:エレオノール・ゲリノー
第5ヴァリエ―ション:クララ・ムーセーニュ
第6ヴァリエーション:エロイーズ・ブルドン
公爵:アルテュス・ラヴォー
白猫:エレオノール・ゲリノー
長靴を履いた猫:イザック・ロペス・ゴメス
パ・ド・サンク:セリア・ドルゥーイ、アンドレア・サーリ、クララ・ムーセーニュ、セホー・ユン、カミーユ・ボン
4人の王子:アルテュス・ラヴォー、ケイタ・ベラリ、レオ・ド・ビュスロル、フロリモン・ロリュー

上映:TOHOシネマズ 日本橋 ほか
https://tohotowa.co.jp/parisopera/

Art & Travelライター
西尾知子

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