渡部 義紀 Yoshiki Watabe
振付家・ダンサー(CCJ)
アダム・クーパーの「白鳥」を原点とし
コンテンポラリーに指針を定める。
ダンサーとして、振付家として多様な芸術を融合させた作品創造を
強烈なインパクトを得たマシュー・ボーン『白鳥の湖』
13歳の時にバレエを始める。母の勧めだったが体を動かすのは好きで、教室の指導者からは「クラシックバレエよりはベジャールのような作品が向いている」などとも言われていた。一方で、バレエの扉をたたいたのが中学1年生という年齢的には多感な時期でもあったため、「タイツにも抵抗があったし、最初に通った教室の男子は僕だけ。友達の妹がこっちを見て笑っているのも恥ずかしかった」と揺れていた。そんな折、「バレエは女性だけのものじゃない」という母の紹介で、マシュー・ボーン『白鳥の湖』を見に行く。主演はスワン・ダンサーのレジェンド、アダム・クーパー。強烈なインパクトを得た。「見たことのないものを初めて目にし、思いが言葉にならなかった。こんなふうになりたいと思った」。
このときの体験が、バレエ、ダンスと向き合う決定打のひとつとなった。
改めてバレエに取り組み、牧阿佐美バレヱ団AMスチューデンツに入所。優秀な子役が歴代大役を務めることで知られるバレヱ団『くるみ割り人形』でフリッツ役も踊った。
イタリア留学で改めて感じた「練習の大切さ」
そうしたなか、コンクールのスカラシップを得てイタリアのミラノ・スカラ座バレエ学校に留学し2年間を過ごす。バレエ発祥の地・イタリアでの生活は本場ヨーロッパの歴史文化や風土に触れられるという面では刺激的だった。一方でバレエはそもそもクラスレッスンの時間が少なすぎたため「自習時間が増えた。踊らなければ不安だった」という。さらに国民性の違いともいえるメンタリティの壁も感じる。マイペースで時間にルーズなイタリア人たちとの共生に、時にはストレスを感じつつも「練習量は僕より断然少ないのに、彼らは舞台に立った瞬間キラキラ輝く。その違いは何だろう、どうすればあんなふうに魅せることができるのだろうと観察していた」。イタリア人の友人の一人に、「(このキラキラは)自信がないゆえのハッタリだ」と言われ、「ならば自分が自信を持つためには、やはり基礎を固めるための練習しかないと思った」と振り返る。
コンテンポラリーダンスを通して怪我のトラウマに新たな方向性
帰国後、2015年に新国立劇場バレエ団に入団するが、入団後の最初の舞台で肩の脱臼という大怪我に見舞われる。手術を受け1年間の療養、さらに肩をかばいながらのクラスレッスンや舞台生活を送ることとなり、「バレエ団在籍8年間のほとんどが、身体の不安との闘いだった」。
「またいつ肩が外れるのか」という不安や怪我のトラウマを抱えたなかで、転機となったのは島地保武・酒井花両氏のワークショップに参加したことだった。
「手を動かす」のではなく、「肩甲骨の中から指先を動かす」といった、身体の根幹から動きを導き出すような両氏の指導に基づき身体を動かすことで「それまで思ってもみなかった身体の可動域を感じることができた。身体が自由になった気がし、“また肩が外れるかも”という恐怖感を忘れられた」。コンテンポラリーダンスのメソッドを取り入れることで、自身のダンサーとしての在り方に新たな方向性が見いだせる可能性も感じられた。
コンテンポラリーダンスに目が向いたこともあり、新国立劇場バレエ団の振付家育成プロジェクトNBJ Choreographic Groupにも参加。Dance to the Future 2020で行われたグループ企画「コンポジション・プロジェクト」ではチームリーダー兼ダンサーとして出演した。コンテンポラリーダンスや振付自体が未経験のダンサーらもいるチームで「コンセプトをしっかり固めることの大切さを痛感した。方向性を見失わないように大勢の人をまとめる、大きな経験を得られた」と振り返る。同2021ではダンサーの共同振付作品『≠』の音楽「Da Sein」も制作した。
コンテンポラリーダンサー、振付家として多様な文化を取り入れた作品を
2023年6月に新国立劇場バレエ団を退団する。そもそも自分はバレエに興味があったのか?と振り返ったとき、思い出したのがアダム・クーパーの踊りだった。「コンテンポラリーダンスを通して感じられる、彼の踊りのなかにある確立されたポジションに向かうまでの流れるような動きの過程、回転が終わった後の所作、バレエの枠から零れるような指先や目線が脳裏にうかんできた。バレエに対して僕なりの別の方向性が生まれてきたことを感じた」。そのうえでの決断だった。
退団後はコンテンポラリーに軸を置いた振付家およびダンサーとして、活動を始める。カフェムリウイにて自作自演作品『Y’s』を発表、CCJ公演『ナルシス』、『ドリアングレイの肖像』などにもダンサーとして参加している。2024年5月にはCCJ公演「笹沼樹 チェロ 舞踊と紡ぐ美の世界」では能を取り入れた作品を発表。異なった芸術とのコラボレーションや、梶井基次郎の小説『檸檬』のダンス化にも取り組んでいる。「美術や映画など、多様な芸術やメディアにふれながら、創作の幅を広げていきたい」と意欲をのぞかせた。
Art & Travel ライター
西尾知子
『檸檬』(CCJ)
出演:中島 瑞生(新国立劇場バレエ団)
笹沼 樹 チェロ 舞踊と紡ぐ美の世界『捧げし者』(CCJ)
演奏:笹沼 樹
出演:小池 京介(牧阿佐美バレヱ団) 近藤 悠歩(牧阿佐美バレヱ団) 渡部 義紀(CCJ)
振付:石原 一樹(CCJ) 渡部 義紀
『ドリアン・グレイの肖像』(CCJ)
出演:中島 瑞生(新国立劇場バレエ団) 関 晶帆(新国立劇場バレエ団) 渡部 義紀(CCJ)
振付:石原 一樹(CCJ)
渡部 義紀 Yoshiki Watabe
13歳よりバレエを始め、MIHO BALLET SCHOOLにて阿久津美歩に師事。その後日本ジュニアバレエ、AMスチューデンツ28期生として入所。2012年第15回NBAバレエコンクール出場シニア部門第2位受賞、ミラノ・スカラ座バレエ学校へ入学する。2015年新国立劇場バレエ団に入団。Dance to the future 2020では共同制作企画にてチームリーダー兼ダンサーとして出演。Dance to the future 2021では柴山紗帆、益田裕子、赤井綾乃、横山柊子共同振付作品「≠」の音楽「Da Sein」を制作。また、上島雪夫振付「ナット・キング・コール組曲」ではソリストを踊るなど、全ての公演に出演。2023年6月に同団を退団し、現在はダンサー、振付家として活動の場を広げている。