石原一樹 Kazuki Ishihara
振付家(CCJ)
経済学部卒のバレエダンサーにして振付家――。
芸術と経済学という、相反する分野を会得した石原が目指すのは
ダンスが生み出す創造の可能性だ
十代の頃から思う「アダジオのテンポでじっくりと伝えたい」
バレエとの出会いは4歳の時。姉がバレエ教室に通っていた影響でともにレッスンをするようになった。「始めたきっかけは“男子バレエあるある”だったが、とくにやめようとは思わなかった」という。だが、小学校高学年時に伸び悩み、壁に当たる。モチベーションも下がり始めた頃、新たに新設するボーイズクラスをきっかけに、基礎からやり直すことを心掛けた。初心に返り基礎を学びなおすことを通して、改めて新鮮な気持ちでバレエに向き合う。落ちかけていたモチベーションも戻ってきたところに、コンテンポラリーバレエを習う機会を得た。「基礎に立ち返ることで、新しいバレエの扉が開けた」。何かあったらバレエの基礎、初歩に立ち戻るという姿勢は、今でも石原の指針の一つになっているという。
その後、16歳で東京バレエ学校Sクラスに入学し、在学中に首藤康之や中村恩恵の指導を受ける。バレエ学校には才能豊かなダンサーが全国から集い、彼らと切磋琢磨することは大きな刺激となる一方で、「自分の個性や持ち味は跳躍や回転といった技術面ではなく、指先まで気を遣う丁寧さや細やかな表現にある」と、“改めて”考えるようになった。東京バレエ学校入学時に、講師の首藤から「どんなダンサーになりたいか」と問われた際、「大技などのテクニックだけでなく、ゆっくりとしたアダジオの動きでも内側から何かを伝えられるダンサーになりたい」と答えていたことに立ち返った。
大学での学びを通して論理的な考え方を身につける
そうしたなか、18歳で石原は大学の経済学部に入学し、学業とバレエ学校の研修生との両立生活を送ることとなる。
「バレエ学校在学中、バレエダンサーとしての自分自身を冷静に俯瞰したとき、プロで主役を張れるタイプではないとわかっていた。では、これまで学んできたバレエという技術を使って自分が何をすべきか、何ができるのか、考えてみる時間が欲しかった」と大学進学の理由を振り返る。
経済学部を選んだのは「興味はあるが独学で追及するのは難しい学問だと思ったから」。経営学研究や経済史の俯瞰、統計学などを学ぶ。「経営学が踊りに影響を与えたかというと、そうではないが、文献やエビデンス、統計に基づいて考えるという論理的な考え方は身につけられたのではないかと思う」。
ダンスの可能性に惹かれ創作の道へ
学業とともにバレエ学校の研修生も終えた石原が、「バレエの技術」を生かそうと考えたのはコンテンポラリーダンスと振付の分野だった。「バレエ学校在籍中に中村(恩恵)さんや小池ミモザさん(モンテカルロバレエ団)らのワークショップを通じて人間の可能性、ダンスの可能性は無限だと感じ、新しいものを生みだしたいと思った」。
鈴木竜主催のジュニアカンパニーをはじめ、様々なワークショップに参加しながら、2018年に振付家として創作活動を開始した。セッションハウスアワード『ダンス花』ファイナリスト(2019年)、コレオグラフィックセンター公演『月と若者』(2022年)、『ナルシス』(2023年)、『ドリアン・グレイの肖像』(2024年)などを発表。アーティゾン美術館「パリ・オペラ座 響き合う芸術の殿堂」(2022年)の関連イベントや、横浜みなとみらいホール「笹沼樹 チェロ 舞踊と紡ぐ美の世界『捧げし者』」(2024年)でも振付・演出を手掛けるなど、着実にキャリアを積み重ねている。
クリエイションで心がけているのはダンサーとの協働だ。「創る人・踊る人、という分業ではなく、ダンサーのインスピレーションや表現なども交えながら、作品を膨らませていける関係が理想。自分が頭に描いていた形が、ダンサーの動きによりアクセントが加わった表現となっていくのが楽しい。公演後のフィードバックから得るものも分析しながら、作品をより良いものに練り上げていくのも面白い」。
そのうえで「作品は観客がいてこそ成り立つ。見ていただいた方々に必ず何かを持って帰っていただける作品をつくりたい。エンターテインメント的に瞬間的に盛り上がるのも感想の一つだが、公演後、日常に戻ったなかで、ふとした瞬間に思い出すような形でも、しっかり残っていく作品を発表していきたい」。アダジオのテンポでじっくりと伝えるという、その軸はブレることなく、学問と向き合うことで得た構築力、俯瞰力も加わりより強固な土台となって作品の骨子を支えている。能などバレエ以外の芸能とのコラボレーションなどにも興味を燃やす。いずれは「マッツ・エクの『ジゼル』のような、古典を現代に置き換えるような読み替えもやってみたい」と野心もにじませた。
Art & Travel ライター
西尾知子
『追憶』
出演:山口 浩輝(Eugene Ballet)
笹沼 樹 チェロ 舞踊と紡ぐ美の世界『捧げし者』(CCJ)
演奏:笹沼 樹
出演:小池 京介(牧阿佐美バレヱ団) 近藤 悠歩(牧阿佐美バレヱ団) 渡部 義紀(CCJ)
『ドリアン・グレイの肖像』(CCJ)
出演:中島 瑞生(新国立劇場バレエ団) 関 晶帆(新国立劇場バレエ団) 渡部 義紀(CCJ)
石原 一樹 Kazuki Ishihara
4歳よりクラシックバレエを始め、2013年より東京バレエ学校Sクラスにて首藤康之、中村恩恵に師事。学習院大学経済学部を卒業後、コンテンポラリーダンスを中心に活動し、著名な振付家の作品に出演。2018年より振付家として創作活動を開始し、これまでにセッションハウスアワード『ダンス花』(2019年)、『踊る。秋田賞』国内コンペティション(2022年)にてファイナリストに選出される。現在は一般社団法人コレオグラフィックセンター(CCJ)を拠点に活動し、ダンス公演『ナルシス』『ドリアン・グレイの肖像』などクラシックとコンテンポラリーの境界を軽やかに行き来する新しい作品を生み出す。アーティゾン美術館にて開催された『パリ・オペラ座 響き合う芸術の殿堂』の関連イベント『バレエへの誘い』や横浜みなとみらいホールで開催されたCCJ主催「笹沼樹 チェロ 舞踊と紡ぐ美の世界『捧げし者』」では振付・演出を手掛けている。