クロノス・クァルテットは、現代音楽を主なレパートリーとする弦楽四重奏団です。編成はヴァイオリン2、ヴィオラ1、チェロ1と普通の弦楽四重奏団と同じなのですが、アルバムはグラミー賞を複数回受賞するなど大変な人気を得ています。19年ぶりの来日ですから、30歳以下の方はまず彼らのライブを経験したことはないことでしょう。今回の来日公演は京都、東京、埼玉、神奈川、岩手の5公演で、彼らの活動の歴史がわかるようなすばらしいプログラムが組まれています。ぜひこの機会を逃さずクロノス・クァルテットを経験してください。

©︎ Evan Neff
ミニマル・ミュージックとの緊密な関係
ダンスに関わっている方であるならば、ミニマル・ミュージックには少なからず関心をお持ちのことと思います。コンテンポラリー・ダンスの作品にはミニマル・ミュージックがよく使用されています。1972年に結成されたクロノス・クァルテットは、同時代の作曲家の作品を取り上げ、初演することが多いです。特にミニマル・ミュージックの作曲家、スティーヴ・ライヒ、フィリップ・グラス、テリー・ライリーなどの作品の初演を行っています。

©︎ Erik Kabik
来日公演で演奏する曲のいくつか
たとえばスティーヴ・ライヒの『ディファレント・トレインズ』は、クロノス・クァルテットのために書かれた作品で、1989年のグラミー賞最優秀現代音楽作品賞を受賞しています。第二次世界大戦時、幼いライヒは父親と暮らしていたニューヨークから離婚しロサンゼルスに住んでいた母親に会うために、家庭教師と共に汽車で何度も訪ねていました。ユダヤ人であるライヒは「もしもあの時ヨーロッパにいたら、自分は強制収容所へ行く汽車に乗っていたかもしれない」、とのちに思い、同時代の離れた土地のホロコーストという出来事を「汽車」で結びつけた作品を作ったのです。加工された人の声、汽車の走る音、サイレンの音が、弦楽四重奏に重なるライヒの代表作でありクロノス・クァルテットの代表作でもあります。この作品は京都、東京、盛岡公演で上演されます。

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また、クロノス・クァルテット結成の契機となった作品、ベトナム戦争にインスパイアされた刺激的なジョージ・クラムの『ブラック・エンジェルズ』(埼玉、京都)、一躍彼らを広く知らしめることになったジミ・ヘンドリックスの『紫のけむり』(埼玉)なども今回演奏されます。そして神奈川県立音楽堂では、テリー・ライリーの、弦楽四重奏と合唱、録音された宇宙空間のサウンドのための『サン・リングズ』全曲の日本初演が行われます。これはNASAのボイジャー計画25周年記念コンサートのためにクロノス・クァルテットがテリー・ライリーに委嘱したもの。ボイジャー探査機から地球に送られてきた「宇宙の音」が使用されます。
新たな教育プロジェクトが進行中
これからの弦楽四重奏曲のレパートリーの拡充を主な目的として、「フィフティ・フォー・ザ・フューチャー(50 for the Future)(未来のための50曲)」という教育プロジェクトをクロノス・クァルテットは展開しています。彼らは男女各25名の音楽家に作品を委嘱しました。そしてそれらのスコア、パート譜、音源を特設サイトにアップし、希望者には無料でダウンロードできるようにしました。ワークショップも開催し、クロノスのメンバーが直接、演奏者に指導する機会も設けています。作品は2015年から2020年の5年間で50曲がすでに完成し、日本人では望月京が選ばれ、彼女の作品「Boids」は今回、東京と盛岡の公演で演奏される予定で、この壮大なプロジェクトの成果をさっそく体験できます。

SunRings ©︎Wojciech Wandzel
経験しておきたいコンサート
彼らは現代音楽だけでなく、ジャズ、タンゴ、ワールド・ミュージック、パフォーミング・アートといった幅広い作品、また現代アートとのコラボレーションも行っています。単に演奏するだけでない、視覚的な演出の工夫が凝らされたステージが展開されるのも魅力です。
半世紀にわたり現代の音楽シーンをリードしてきた、しかも最先端を走ってきたこんなグループがいるということを今回ぜひ体験していただきたいです。なにかしらインスパイアされる、貴重な機会となることでしょう。(文:結城美穂子)

©️Lenny Gonzalez
クロノス・クァルテット JAPAN 2022
デイヴィッド・ハリントン(芸術監督&ヴァイオリン)
ジョン・シャーバ(ヴァイオリン)
ハンク・ダット(ヴィオラ)
サニー・ヤン(チェロ)